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【番外編】第2話 手紙


 ミス・リディア・ローズデール

 ごきげんよう。若葉の芽吹きが薫る五月、いかがお過ごしでしょうか。
 いち早く謝罪と感謝の気持ちをお伝えしたく、突然お手紙を差し上げますことをどうかお許しください。
 愚かな誤解と早合点によって、わたくしはあなたに途方もないご迷惑と不愉快を与えてしまいました。わたくしのあなたに対する無知で幼稚な振る舞いを顧みると、ただただ恥じ入るばかりです。心よりお詫び申し上げます。

 正直に申し上げますと、わたくしはあなたに嫉妬していました。
 あなたはわたくしの愛する方ととても親しく、またその様子を誰にもとがめられない立場にいらっしゃいました。わたくしはあの方とワルツを踊るどころか、人前でお話をすることさえ叶わないのに、と浅ましい感情にとらわれていました。あなたのことを、しがらみのない自由で奔放な女性とうらやみ妬んでいました。

 ふたりきりで初めてお話をした舞踏会の晩のこと、覚えていらっしゃいますか。
 あのとき、わたくしはあなたがわたくしの愛する方とふたりきりで姿を消したと早合点し、姉たちを振り切っておふたりを追いかけたのです。
 おふたりはとても親密そうで、信頼し合っているのが遠目にもはっきり見てとれました。そのため、わたくしは嫉妬と焦燥のあまり、あなたに愚かで無礼極まりない振る舞いをしてしまったのです。

 “親に命令されるがまま、扇子片手に微笑んでいるだけ”
 “中身はからっぽの空洞で、簡単に砕けてしまう陶器のお人形”
 あのとき、あなたはわたくしのことをこうおっしゃいました。
 悔しかった。まったくそのとおりだったからです。だから、あなたに一言も反論することができませんでした。
 わたくしはそんな自分が嫌でたまらず、自分を変えたい、変わりたいと願っていました。でも、様々な本を読んでも何をしたらいいのか分からず、家族や友人にもその方法を聞くこともできず、結局周囲に甘えて小さなコバンザメのように生きていました。
 生まれて初めてそのことを面と向かって指摘され、わたくしは自分自身への羞恥心で海の泡のように消え入りたくなりました。

 同時に、あなたへの怒りを覚えたのもまた事実です。
 進歩的で自由な家風と名高いローズデール家の娘に生まれ、ご家族から再婚を強要されることもなく、望むままに商売をし名声を得ているあなたに、わたくしの苦しみなど分からない。そんな独り善がりな怒りです。
 ですが、あのとき、あなたの瞳は苦しみをたたえて見えました。わたくしへの侮蔑でも嘲笑でもなく、あなたの表情は哀しみに塗りつぶされて見えました。
 だからこそ、身の程知らずにも、わたくしは感じたのです。
 あなたもわたくしと同じなのかもしれない、と。
 その予感は、ミスター・ブラッドリーからあなたと彼が秘めた恋人関係にあることを聞いたときに確信に変わりました。同時に、わたくし自身がおふたりの幸福を妨げている、あなたに哀しみと苦しみを与えていることに気が付きました。
 このままではいけない、わたくしも勇気を持たなければと決意いたしました。

 あなたとミスター・ブラッドリーがいらっしゃらなければ、わたくしは最初からすべてを諦めていたでしょう。
 家のため、家族のためと自分に言い聞かせ、意味も価値もない評判と名誉のために自分の心を偽りつづけていたでしょう。愛する人との未来を勝ち取るために足掻くことを淑女の礼に反すると言い訳して、満たされない虚しい人生を送っていたでしょう。
 家族を説得し、彼らの意思を変えてみせようなどと、春先までのわたくしは考えもしませんでした。我が身の不遇を憐れみ、悲劇の女主人公のようにすねるばかりでした。
 まるで、いつまでも陸の上から海を眺める飛べないカモメでした。

 でも、今はもう違います。わたくしは諦めたくありません。諦めません。
 これまでの十八年間、これほど強い気持ちを覚えたことがないので、この先どんなことが待ち受けているのかとても不安ですし、恐ろしくもあります。まるで巣立ったばかりの小鳥のように心許なく、それでいて空の広さや空気のすがすがしさ、自分の翼で羽ばたいているような喜びを感じています。

 わたくしは言葉にできないほどあなたへの感謝の気持ちでいっぱいです。
 上品な言葉を口にしながら野蛮な振る舞いにうつつを抜かす淑女たちが横行する社交界で、あなたは嘘偽りのない率直さによってわたくしを変えました。外の世界を怖がっていつまでも卵の中に閉じこもる雛鳥だったわたくしに、殻を割る勇気を与えてくださいました。
 わたくしも、あなたのような淑女になりたい。
 実は以前から、あなたがどんな本や美術、演劇、オペラやバレエをご覧になっているのか興味津々でした。もちろん、あなたの “ステラ・ド・ロレアン” についてもおうかがいしたいことがたくさんあるのです!
 今度、舞踏会や晩餐会でお会いできましたら、あなたを慕うひとりの友としてお話しさせていただければ幸いです。心から楽しみにしております。
 それでは、爽やかな晩春の陽射しの下、善き日々をお過ごしくださいませ。

 シャーロット・フェアバンクス




 親愛なる五人目の姉、リディアへ

 紺碧の海が輝きを増し、航海に心突き動かされる七月、いかがお過ごしでしょうか。
 さて、単刀直入に申し上げる。
 ミスター・ブラッドリーとの婚約、おめでとう!
 それにしてもあなたにはいつも驚かされてばかりだ。いやはや、あなたたちは紳士と淑女の垣根を越えて素晴らしい友人関係にあると思っていたが、その強い思いが愛情に変化するのは無理もないことだ。
 尊敬するミスター・ブラッドリーとあなたの婚約を、僕は心から祝福するよ。
 あなたを “ジョセフ・ブラッドリー夫人” と呼ぶのが楽しみだ!

 婚約の知らせと合わせて、温かな心づかいの手紙をありがとう。
 あなたにはずいぶんと心配をかけさせてしまったが、やはり僕は彼女でないと駄目なんだ。僕には彼女が必要なんだ。
 お察しのとおり、母以外の一族全員は騎馬兵のような勢いで反対一辺倒だよ。
 しかし、僕の心はもう揺らいだりしない。僕はもう二度と彼女の愛を疑ったり、信じることを諦めたりしない。
 何年かかっても、僕は必ず彼女を勝ち取ってみせる。
 ミスター・ブラッドリーがあなたを勝ち取ったように。

 だから、あなたは彼と幸せになってもらいたい。
 僕が希望と勇気を持ち続けられるようにね。

 いや、僕などが願うまでもなく、あなたは必ず幸せになる。
 いくら神が素晴らしい人間に試練を与えるのが大好きとはいえ、もう二度とあなたに裏切りや悲しみを与えることはない。
 あなたがミスター・ブラッドリーとともに歩む航路は、美しく輝いているはずだ。

 あらためて婚約おめでとう、リディア。
 我が敬愛するふたりに幸多かれ!

 あなたの忠実なる友人 アーネスト・ヴァンダーグラフ




 ひな鳥よりの友、リディアへ

 秘密のお手紙をありがとう。
 すごく驚いて興奮しているわ! だから走り書きのお返事を許してちょうだい。
 真っ当な淑女ならあなたを非難するべきだと分かっているけど、私はどうしてもあなたを称賛せずにはいられないわ。
 あなたって最高よ!
 いつも私たちの度肝を抜いて楽しませてくれるんだもの。
 結婚式が二ヶ月早まることなんて、たいした問題ではなくてよ。
 あなたも婚約者殿もとてもせっかちだから、天使もつられて大急ぎで贈り物を届けてくださったのね。
 あなたの心配どおり、予定を組み直すのに難儀しそうだけれど、私は大忙しの夫をひきずってでも必ずあなたの結婚式に参列するつもりだから安心なさい。ケイトもジェシカもきっと同じことを言うに違いないわ。
 ところで、体調は大丈夫かしら。
 あなたは無茶をするのが大好きだけれど、今ばかりは無理をせず安静にするのよ。
 私たちの助けが必要なときはいつでも呼んでちょうだい。すぐにでも駆けつけるわ。
 もし気分がよければ、結婚式の準備で大忙しでしょうけれど、明日ほんの少し四人で会えないかしら?
 あなたのお腹の中にいる天使に、一番先にお祝いと歓迎の挨拶をしなきゃ!

 友情と愛を込めて メアリー・レイノルズ・ジョンソン



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