めでたしめでたし、の前に。
① リーゼル城から戻って以来、アレックスはすっかり僕の恩人気取りだ。以前にも増して恩着せがましくなった。しかし、僕の影響を受けて多少なりとも結婚に興味を持ち始めたのは悪い兆候ではないと思う。
② ミス・アロースミスは何やら想う男がいるらしい。少なくとも、ビアンカは強い確信を持ってそう断言していた。僕はまったくそんなことには気が付かなかったなぁ。僕に出来ることがあれば最大限の協力を惜しまないつもりだ。
③ 僕の手紙を読んだビアンカは、後悔と歓喜が入り混じった泣き顔でこう言った。
「ごめんなさい、クリス。私、あなたの手紙をすぐにでも読むべきだったわ。そうしていたら、西の翼棟まで駆けつけてあなたと仲直りできていたのに……」
直後、僕たちは何度目かの仲直りの抱擁を交わした――すぐ近くの空き部屋のベッドの中で。僕の名誉のために断っておくが、僕は彼女とぬくもりを分かち合いたいといついかなるときも画策しているような不埒な男ではない。断じて違う。
④ コンラッド男爵には敵わない。彼に比べれば僕はまだまだただの若造だ。 彼は僕の臆病な想いや稚拙な策など全てお見通しだった。「ケアリー卿が我が娘に懸想していることなど、みんな知っていましたよ。うちの領地に住む、ビアンカ以外の全員がね」と笑顔で放言されたときの居た堪れなさは一生忘れられない。
⑤ リーゼル城の一件から一ヶ月後、六月最後の快晴の日曜日。ビアンカと僕はダンレイン城の付属礼拝堂でささやかな結婚式を挙げた。ごくごく内輪の人だけを招待した、極めて私的な挙式だった。参列者は両家の家族と親しい友人だけ。ミス・アロースミス、アレックス、エディが駆けつけてくれた。こんなに短い間に、物事は最良の方向に変わっていった。僕はそのことにいつも感動してしまう。
⑥ 純白の花嫁姿のビアンカは、輝くステンド・グラスの聖母より美しかった。僕は祭壇の前で感激するあまり、司祭の存在も忘れてこんなことを口走ってしまった。
「ビー、僕は今、楽園にいる気分だよ」
仔猫のような悪戯っぽい笑顔が、挑発するように僕を見上げた。
「クリス、奇遇ね。私もよ。でも私はあなたといるといつでもそんな気分なの」
もちろん、楽園はその日の晩から翌朝、それからずっといつまでも続いた。
もちろん今も僕はビアンカとふたりで楽園の中心にいる。この調子だと、一年後には人数が増えているかもしれないね。
申し訳ない。熱が入るあまり、思わず君に長話を聞かせてしまった。
おや、どうしたんだ? ワインを飲み過ぎたのかい? ひどく酔っ払って見えるよ。
大丈夫だ気にするな、って、君がそれほど言うなら心配いらないかな。
それでは、僕はこのあたりで失敬するよ。
早く愛する妻に口づけしたくてたまらないんだ。
もちろん、僕らはめでたし、めでたしさ。
いつまでも、ずっとね。
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